しばらく本業の本づくり(編集業)に専念してました。NOTEを書こうと思ったのは久しぶりです。きっかけは「モバツイ」の作者、えふしんさん(@fshin2000)のツイートでした。
(引用元:「えふしんさんのツイート」)
えふしんさんが疑問を持たれたのは、「NAVER(ネイバー)まとめ」が、“まとめ”をつくったまとめ作成者にアクセス数に応じてお金を支払うモデル、つまり金銭的なインセンティブを設定しているため、長期的にはどうなるのかという点なのだと思います。今のところ「NAVERまとめ」はものすごい勢いでアクセス数を獲得しています。
…
hiyo:
元記事によると、とある開発者がプロモーション施策に悩んでいたところ、ある広告ネットワークを見つけました。詳しく聞いてみると5000ドルで25位を「保証」するよとのこと。
※米国の場合の目安を最近追ってないのでざっくりですが、top25位なんかは1日10万ダウンロードくらいで入るかと思うのですが、AdMobなどバナー広告でそのダウンロード数をだそうと思うとかなり厳しいのです。クリック後ダウンロード率が5%と見込んでも10万DLに達するには200万クリックは必要です。1クリック10円としても2000万円=約25万ドルなので、上記価格は50分の1の価格なわけです。
そこで、どのようにプロモをやってるかを聞くと、上位25位中8アプリが現在のクライアントで、自分は大量の外部ボットによる大量ダウンロードを実施し、クライアントアプリの順位を上げていると説明。超詐欺行為じゃん!とおもい依頼主がフォーラムにポストしたようですね。
更に話は続きます。「この手法は既にAppleが把握しているから5000ドルに値下げしたんだ。禁止されるまでできるだけ稼ごうとおもって。このあいだDream Cortexがバレてアカウント剥奪されたんだ」と。
このサイトうける。
最近の若者はダメだ : 2chコピペ保存道場 (via toriaji) (via eternityscape) (via radioya) (via deli-hell-me) (via oosawatechnica) (via pdl2h) (via starchart) (via uowou) (via plasticdreams) (via yaruo) (via thwh68215) (via immovable-type)
2012-02-27
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何度もReblog
(via chintonsyan) (via bulu) (via cherub69) (via fn7) (via kiri2) (via clione) (via h-yamaguchi)貧しさは貧しいと感じた時から始まるが
幸せは幸せと感じた時には去っている。
どちらも感じないように
生きる術を学ぶほど
無為から遠ざかり
人生はより短くなっていく。
■自殺しそうな人に「死ぬ気で頑張ればなんとかなる」と言うのが無駄な理由
が最近実感できた。
今まさに自殺したい方向へ気持ちが傾いてる。
自分もうっすら、「自殺するくらいなら、「どうせ死ぬし」な感覚で頑張ればいいのに」とか思っていた節があった
でも、なんか、違うんだよなあ。
自殺するときってさ、要するに希望が見えないのよ。
希望があれば人間は頑張れるっていうけど
論理的に逆ではないけどさ、文脈的に逆に言うと、
希望がないと人間頑張れないんだよ。
腹へってても確かに希望があると生きられる。でも希望がないと本当生きるのが難しい。
先が無いと思ってる人間は足を1歩踏み出せない。まあ考えてみれば当然なんだよな。
本当陳腐だけど、「希望」って本気で大事だと思う。
貧乏でも希望があれば頑張れるって、本当陳腐で使い古された言葉だけどあれは本当だと思った。
希望が見えないとどうしようもない。
「あ、もう全部だめだ」って思っちゃうともう真っ逆さま。
今、まさに俺がそうなんだけど、希望が見えないと、もう、「死にたいんだ!」というより「死ぬしか選択肢が無い」って気分になるんだよ。これは体験しないと分かりにくいけど、そのままの意味で、「それしかないから、そうするだけ」みたいな。積極的に死にたいっていうより。(つっても、そういう自殺者タイプもいるとは思う。連れ合いを亡くして突発的に、とか)
希望が全く見えない状態、つまり頑張ってもどうしようもないんだ、って思ってる状態だから、そんな人に「どうせ死ぬなら、その死んだつもりで頑張れば……」なんて全く無意味。そんなことしてもどうしようもないと思ってるから。死んだつもりでがんばればいいとか、一生懸命がんばればいいとか、そういう「努力の量」「気持ちの高さ」とかいう問題ではもう無いところにきてるんだよね。完全なる絶無っつーか、無っつーか、その名の通り真っ暗闇。
「君が死んだら〇〇が悲しむ」系も、正直、なんか自殺者の絶望感をナメすぎてるなって思う。
自分が死のうとしてるんだぜ?そんなときに、他人の事なんか考えていられると思う?
自分が一番の危機のときに、「他人の悲しみ」なんか考慮していられると思う?
言っちゃなんだけどさ、「悲しむ」って言われてもさ。だから何だよ。だから生きろっていうのか。お前が悲しむかもしれないために俺は苦しんで生きなきゃならんのか?何様だよってくらい思う。まあそれを聞いたら「悲しむ!」って言ってる人は「なんだよせっかくの人の好意を!」って腹立つだろうけど、まあ腹立つ時点で結局押し売りなんだよね。
本当凄い図々しいと思う。人が死ぬってときにお前の悲しみ?どんだけお前は、自分が凄い人間だと思ってるんだよと。
でもそんなこと、とてもこっちからは言えないからね。本当ズルイ言葉だと思うよ。自分は一切汚れない立場から物言えるんだからさ。
ま、言えないってのは、世間体的な意味というより元気がないんだけど。
俺なんか客観的に見てまだこんな事言ってるんだから大丈夫だとは思うけど
本当希望がないってのはキッツイ。
マジで希望って大事だと思う。ってホント陳腐な。でも陳腐な言葉って、自分がそれが必要な立場になると凄く生々しさを持ってリアリティをもって感じられる。健康体のときは「ハイハイ綺麗事」みたいな感じでスルーしてた言葉の数々が最近「うわ、ホントそうだわ」って身に染みる。
どうしたら自殺者を止められるかってのは正直分からない
結局その絶望感を取り除いてやればいいんだけど、それは大抵金絡みとか先の不安とかそうそう簡単に解決できるこっちゃない(つーかだから死にそうになってんだしな)から難しい
実際俺も自分をどう救ってやればいいか、分からない。このままだとずぶずぶ絶望に沈みそうな予感。一日のうちで今はまだ元気な方だからこんなことしていられるけど、一番ダメなときは駅のホームで急に涙出てくるしな。
本当困ったもんだよ。人間、ただ生きるってことがなかなか難しい。いっそ動物になれたらと思うこともある。